どらごんぼーる考察

がんだまぁBlogからドラゴンボール記事を移植しました。以後ドラゴンボール考察はここで展開します。

「修行をすればするだけ強くなる」のがドラゴンボールの世界

 原作で限界を極めた悟空の、さらに上の領域として設定されたのが、「神」の領域です。神の気を持つ者はそれまでの魔人ブウまでの基準では全く太刀打ちできず、同じ神の気を得ないと対等には戦えない、というのが「神と神」で示されたラインでした。

 

 しかし、その後ゴールデンフリーザ、ヒット、ジレンと「超サイヤ人ゴッドの力を持った超サイヤ人」と同格以上の相手が次々と登場し、しかもそれらに神の気を持っているという描写がないことから、別に神の気を会得しなくても神のレベルには達することができるらしい…という雰囲気があります。これは一体どういうことなのか、という話です。

 

 結論から言ってしまえば、「サイヤ人より優れた宇宙人が鍛錬を重ねれば、神の気を得なくても破壊神クラスの戦闘力を得ることは可能」ということなのかなと思います。

 というのも、まず普通の超サイヤ人に瞬殺されるレベルのフリーザが、わずかな修行で超サイヤ人ブルーと同等以上の力を得たということから、フリーザのような超宇宙生物であれば鍛錬で神クラスの域に達することができる、というラインが示されたわけです。

 ヒットは詳細な描写はありませんが、ジレンは修行に修行を重ねて今の強さを得たということが語られたことから、基本的に「修行で神の領域に達することは可能」と言えます。

 

 原作漫画の時点では、敵役が修行してパワーアップする、ということはありませんでした。フリーザはもちろん、セルも魔人ブウも基本的に吸収でしかパワーアップしていません。しかしかつての敵である天津飯やピッコロ、べジータなどが修行によりどんどん強くなっていったのと同様に、セルやブウも修行によりさらにパワーアップする可能性は十分あったわけです(実際、ブウは力の大会のために修行していた時にパワーアップしていた節が見られた)。修行しない状態で当時の悟空たちを大きく上回る力を持っている敵に、修行することで対抗するのがドラゴンボールの基本的なプロットでしたが、敵側がもし本気で修行したとしたら…というのが「超」に登場する強敵たちと言えるのかもしれません。

 

 そして同様に、以前指摘したように、17号なんかも修行していたのでやたら強くなっていたということが言えます(苦笑)。おそらくヒットも殺し屋としての腕を磨くための修行は行っていたのでしょう。長く生きてるみたいですし。

 そういうわけで、それぞれの宇宙に悟空のように鍛錬を続けてきた者たちがいて、そのトップレベルは神レベルになり得る、というのが「超」の世界観なんじゃないかなと思います。そもそも破壊神もその宇宙からスカウトされて就任することが可能なわけで、そうであるなら誰かが神クラスにならなければ破壊神という存在は生まれないわけです。なので、神レベルは複数現れても問題ないと言えます。

 

 ただ、そうだとしても、神レベルの力を持つ者はみんな神の気(つまり簡単には感知できない気)を持っていてほしいなぁとは思ってしまいますね。これはすでに神の領域に達した悟空やべジータの気すらいつの間にかみんな感知できるという設定になってしまっているので、少なくとも力の大会編では「神の気は察知できない」という設定は無視されているんじゃないかと思います。演出的な都合で。

 

 おそらく、セルやブウのような「生まれながらにして」強い敵が、最初から神レベルの戦闘力を持っているということはないんだと思います。多分。いや、そうであってくれ…。