どらごんぼーる考察

がんだまぁBlogからドラゴンボール記事を移植しました。以後ドラゴンボール考察はここで展開します。

ブルマにとってのヤムチャとベジータ

ブルマがベジータと何故くっついたのか、というのは割と二次創作の世界で沢山妄想されているのですが、何故ヤムチャではなかったのか、というのはあんまり掘り下げられていないのかなと思います。今回はそこを考察してみたいと思います。

 

ドラゴンボールの物語が始まったのは、「ブルマがドラゴンボールを探し始めたから」であると言っても過言ではありませんが、その理由は「ステキな恋人が欲しい」からでした。

夫ではなく恋人というところが非常にティーンの少女らしいですが、よくよく考えると、ブルマは非常にモテるタイプだったのではないかと思います。何故なら、作中の描写から顔は美人、身体もグラマラスで、しかも大企業の令嬢なわけです。しかも西の都という世界トップクラスの都会に住んでいるわけで、いくら性格に難があっても男などいくらでも寄ってくるし、選び放題だったのではないかと思います。それでも「ドラゴンボールを探す」という手段に出た理由は、おそらく彼女の目に叶う男性が全くいなかったからなのだと思います。

 

そんなブルマは、ドラゴンボールで願いを叶えることはできませんでしたが、その過程で仲良くなったヤムチャとくっつくことができ、結果的に理想の恋人に出会うことが出来ました。

何故ヤムチャならOKだったのかということを考えると、おそらくブルマが男性に求めていたのは「強さ(たくましさ)」だったのかなと思います。イケメンの部類とは言えヤムチャのようなイケメンは都にいそうなものですが、ヤムチャより強い男はそうそういなかったのでしょう(空腹の悟空になら勝てる実力だったわけですし)。顔と強さを兼ね備えていたヤムチャが、ブルマにとってドンピシャの男だったということになります。

 

一方のヤムチャは、極度のあがり症だったために女性に近づくことができませんでしたが、ブルマと行動を共にしたことで克服しました。しかし近づけないだけで女性への欲求は普通の男性並みにあったので、都では浮気しまくりの生活を送ることになります。元々イケメンだったこともあり、寄ってくる女性はいくらでもいたようで、それまで溜めに溜まっていた女性への欲求にあがなうことはできなかったのでしょう。ブルマとは喧嘩しまくりの日々を送ることになります。真面目に修行するときは、人里離れていたのでブルマとも会っていなかったようですし、あまり良好な関係とは言えませんでした。

そんなヤムチャでもすぐに別れなかったのは、やはりブルマにとってヤムチャが理想の恋人だったからなのだと思います。ヤムチャより強い男はその後いくらでも現れましたが(笑)、その中にヤムチャよりイケメンな男はいませんでしたしね。

 

その後転機になったのは、そんなヤムチャを生き返らせるために訪れたナメック星での隠遁の日々だったようです。この頃、ブルマはたくましく成長した悟空の魅力に気づいています。もちろんその時点で結婚し1児をもうけていたわけで、その悟空とくっつくことはあり得ませんでしたが、結婚するまでは女性の中で一番悟空と一緒にいた時間が長かった立場なのに、その魅力に気づけなかった自分の見る目を悔やむ一コマがありました。

つまりこの時点で、ブルマの中では成長した悟空はヤムチャよりも遥かに強く魅力的な男性になっていました。そんな時、その悟空と同じサイヤ人で、悟空に匹敵する強さを持ったベジータが現れるわけです。

 

ナメック星から帰還した後、ブルマはベジータにうちに来ないかと声をかけます。どうせ孫くんみたいにたくさん食べるんでしょ、という言葉から、ベジータを「ヤムチャを殺した悪のサイヤ人一味」ではなく「悟空と同じ人種」と見ていることが分かります。

おそらく、この時点でブルマはすでにベジータに興味を持っていたのだと思います。そこに女性としての下心が、全くなかったわけではないのでしょう。この時点でヤムチャを捨てる気だったとは思いませんが、天秤に乗せるかどうか判断したいという気持ちはあったように思えます。

 

ベジータヤムチャの最大の違いは強さですが(笑)、戦闘力を置いといて内面的な差を言うなら、一番違うのは「強くなろうとする意志」だったのかなと思います。

ヤムチャは悟空やクリリンに置いて行かれていくことを恐れつつも、どこか本気で追いすがろうという気力に欠けているキャラでした。修行をしてある程度強くはなるのですが、いつも足元を掬われる結果に終わるのは、戦闘力よりもメンタル面の方が大きかったようにも感じます。どうしても、モテすぎるが故に強くなることよりも女遊びに溺れがちだった側面があり、大成しないスポーツ選手のようなタイプのように見えました。

それに比べると、ベジータの強くなろうとする意志は尋常ではありませんでした。強くなるためなら自分を半殺しにすることもいとわない性格ですし、特にブルマと出会った時期は悟空が超サイヤ人になったことで非常に焦っていた時期だったため、ブルマには余計にストイックに見えたと思います。

おそらく当時のベジータが、「宇宙最強になるため」や「フリーザを倒すため」ではなく、「悟空を超えるため」に必死だったことがブルマにとってはプラスに働いたのではないかと思います。何故なら、ブルマはその悟空を非常によく知っている人物だったからです。悟空がどのようにして強くなってきたか、一番よく知っている女性と言っても過言ではありません。おそらく、そこまで悟空を超えようとしている人間を見たのも、ブルマにとっては初めてだったでしょう。魅力的な男性の一人である悟空と同じサイヤ人であるベジータが、その悟空を超えるために必死になっている姿を見て、ブルマは「応援したい」と思ってしまったのだろうな、と思います。そして、それはヤムチャには全くない部分でもあったわけです。おそらくヤムチャが本気で「悟空より強くなろう」としたことはなかったんじゃないかと思います。

 

ブルマにとっての「ステキな恋人」の基準は、単に顔と強さを兼ね備えているだけではなく、精神的にもたくましい人だったのかもしれません。ヤムチャには西の都に住む男が束になってもかなわないくらいの強さがあったと思いますが、その精神的なたくましさが決定的に欠けていて、ベジータに及ばなかったのではないかと思います。そしてその点においては、ヤムチャは一生ベジータに勝つことはできなかったでしょうから、ブルマとベジータの関係を受け入れるしかなかったのでしょう。

 

なんとなくですが、ヤムチャの性格が天津飯だったらブルマと上手くやれたんじゃないかと思いますね(笑)その天津飯にブルマが全く興味を示さなかったのは、やはり顔だったのではないかと思います…。

 

ドラゴンボール超 未来トランクス編はこうであって欲しかった

いつか書こうと思っていたネタです。

 

ドラゴンボール超の未来トランクス編は、トータル的にはとても評価の高いストーリーだったと思います。まず未来トランクスを再登場させたという点、ゴクウブラックという悪役を登場させた点、ベジットを再登場させた点など、キャラクタービジネス的にも大きな成果を挙げたと思います。

 

シナリオ的にも途中までは割と完璧でした。トランクスが新たな敵に敗れ、再びメインの時間軸に戻ってきて、大きく変わった平和な世界に驚く、という流れが丁寧に描かれていて、非常に良かったです。トランクスの未来にもバビディが現れたけど、ブウの復活は阻止したという展開も、誰もが妄想したトランクス世界のその後を一つ違った形で実現していてよかったです。

 

しかし、その先のストーリーはとてもひどいものでした。特にトランクスの未来を全王に消滅させてしまったというのは、あまりにもひどすぎる結末です。ヒロインが未来のマイなのも意味が分かりません。ザマスとの戦いも、「ドラゴンボールで不死身になった敵」を倒す手段が結局見つからず、全王に頼るしかないという情けない結末でした。

 

素材は良かった、組み立ても途中まで良かったのに、途中から滅茶苦茶になってしまったので、未来トランクス編は非常に惜しい内容になってしまった、と言わざるを得ません。

ならばどういう展開ならよかったか、というのを妄想したいと思います。

 

(1)トランクスのパワーアップ

未来のトランクスは、バビディ達との戦いで超サイヤ人2に目覚め、ダーブラを倒したことになっていました。ここはとても良かったと思います。

しかしそのトランクスでも勝てない敵が現れたのに対し、現代の悟空とベジータはすでにゴッドの領域に到達しています。ならば当然、「トランクスを超サイヤ人ゴッドにしよう」と考えるのが自然な流れだったはずです。幸い、未来トランクスが加わったことでサイヤ人の人数もパンを入れなくても満たすことができます。現代のサイヤ人の協力でトランクスをゴッドにして、その力をコントロールできるようベジータと修行した上で未来に送り返せばよかっただけの話です。

超サイヤ人ブルーには当初はなれないものの、終盤で覚醒してブルーになれれば問題なく、謎の青いオーラをまとった超サイヤ人怒りなどという曖昧な形態になる必要などなかったのです。結局ヒーローズでトランクスゼノはゴッドになってるし。

 

(2)ブラックの正体

ブラックの正体は、現代の悟空の体をザマスが乗っ取った姿でした。しかし、もしそうであるなら、現代の悟空の時間軸が「トランクスが未来からやってくる前に」分岐していなければなりません。しかしその時点で誰もタイムスリップしていないので、時間軸の分岐は起きえません。

作中では、ビルスがザマスを破壊しゴワスの命を救ったことが分岐であるように描かれていますが、要するにゴワスの殺害に成功したザマスが悟空の身体を乗っ取ったうえで未来にタイムスリップし、その未来からトランクスがやって来て悟空たちがブラックの存在を知ったことで、原作世界が分岐したということになっています。

しかしブラックの正体が単純に新しい並行世界の現代悟空だった、というのはちょっと拍子抜けでした。そんなギニューのボディチェンジが成功した未来など見とうなかったという感じです。

しかも、ザマスが超ドラゴンボールを使っているというのもちょっと受け入れがたいものがあります。味方だけが許されているチートを敵が使ってきたら、手が付けられなくなるというのをシナリオで証明してしまったからです。体を入れ替えるなんて、ドラゴンボールの力を使わなくてもギニューならできたわけですし、別にドラゴンボールによるものにしなくても良かったのだと思います。

 

個人的には、現代の悟空を乗っ取ったザマスが未来のザマスと手を組むのではなく、並行世界のザマスが、未来の悟空の肉体を乗っ取った未来のザマスと手を組んだという流れの方が自然だったように思います。

例えば、現代の悟空が老界王神の命をもらって生き返ったように、あの世で修行していた未来の悟空が、ザマスに乗っ取られて蘇ったという感じですね。トランクスの未来は界王神が死んでビルスも消滅しているわけですが、その後継者になるべく修行していたとか。この展開なら未来悟飯も何らかの形で登場させられたかもしれません。

 

(3)ブラックの倒し方

一番の問題は、ブラックの倒し方です。不老不死になってしまっている→魔封波を使ってみよう→稚拙な理由で失敗→ポタラで合体したから半分不死じゃなくなってて倒せそう→いざ倒したら宇宙と同化しちゃってゲームオーバー、という流れはエンタメ作品としてあまりにも酷過ぎます。

不老不死になっちゃった敵、というと劇場版のガーリックJr.がいますが、あれはデッドゾーンという異次元に封じられるという結末になっています。同じように異世界に封じるというのはさすがに芸がないですが、実力と無関係に「破壊」できる破壊神がいる以上、もう少しアイデアはなかったのかと思います。

というか最初にブルマが死んじゃってる時点で円満に終わらせる気がなかったのかもしれませんが、それ自体がもう救いがなさすぎてどうしようもありません。

トランクスの未来に界王神も破壊神もいなくなったわけですが、土壇場で新しい破壊神が生まれて、それがザマスを消し去るという展開が一番無難ですかねぇ。その破壊神がトランクス自身でもいいですし、蘇った悟飯とトランクスがそれぞれ界王神と破壊神になっても面白いですけど、別キャラを作っても良いような気もします。

 

(4)マイの存在

当初からヒロインとして存在していたマイですが、現代のマイはドラゴンボールの力で若返りすぎた結果の姿であるというのは周知の事実。未来世界は人造人間が現れた時点でドラゴンボールが消滅しているので、マイが若返りようがありません。そもそも若返っただけで実際はかなり年がいっちゃってるわけで(未来世界はGTに近い時間軸なので、マジで婆さん…)、そんなキャラとトランクスをくっつける意味が分かりません。

現代トランクスとマイの関係は、若返った婆さんだと知らずに惚れちゃってるトランクスとウブなので上手くあしらえないマイが面白いというギャグ的な観点だから成立しているわけで、それをガチシリアスの未来世界で主人公とヒロインされても困りますし、設定的にも矛盾だらけなのです。

未来のマイはたまたま現代のマイがそのまま成長したように見えるだけの赤の他人であって、トランクスはこういうタイプの女性が好みだったんだねってだけでよかったのに、未来のマイを現代のマイに会わせて同一人物かのように描いてしまったので、もう収拾がつきません。

ベジータとブルマ、クリリンと18号など、そこをくっつける!?という展開があり得るのがドラゴンボールですが、ピラフ一味のサブキャラが若返ってまでトランクスとくっつくのはさすがにないだろう…と思います。

 

(5)悟空とベジータが未来に行く理由

未来に行かないとビルスが破壊して終わるだけなので、戦場が未来になるのはまぁ分かります。でも「トランクスが勝てないなら俺たちが行って倒してやる」はないだろうと個人的に思います。強いヤツと戦いたいのがサイヤ人とは言え、かつて若い世代に世界を託そうとした悟空や、トランクスに厳しいベジータが、「お前が強くなってあいつを倒せ」と言わないのはさすがにどうかと思うのです。

しかもいざ悟空とベジータが行っても勝てず、複数回現代に敗走するというのはあまりにも情けなく、尺稼ぎにしか見えないのも悲惨でした。一度トランクスが一人で未来に戻るも、やっぱり心配なベジータが悟空とともにセルのタイムマシンを修理して追いかける、という展開で良かったのではないかと思います。3人でタイムマシンに乗るのも無理がありすぎるので、ミクロバンドくらい使えよ、と思ったりもしました。

 

(6)まとめ、IF未来トランクス編の展開

・トランクスが現代に逃げてきて、ブラックが追いかけてくるまでは同じ

・ブラックはタイムマシンを破壊しない

・トランクスは超サイヤ人ゴッドになり、その力をコントロールする修行を積む

・修行を終えたトランクスが未来へ帰還

・ブラックと互角に戦うトランクスだが、もう一人ザマスが現れ劣勢に

・悟空とベジータがセルのタイムマシンを修理して未来へ

・悟空とベジータでも倒せず、苦戦しているところに時の指輪を使って界王神がやってくる

界王神界へ避難、ブラックの正体が未来の悟空だったことを知る

・トランクスの世界の新しい破壊神と界王神が生まれ、破壊神と共にザマスにリベンジに向かう

・ザマスがポタラで融合して破壊神以上の戦闘力になってしいまうも、ベジットが対抗する

ベジットが融合ザマスを倒し、蘇った不死身のザマスを破壊神が破壊する

 

こんな展開ですかね~。これだとやっぱりトランクスが破壊神になる展開ですね。

漫画版だと悟空が「破壊」を使ったりしますけど、それがありならトランクスが破壊神でもいい気がします。少なくとも、よく似た並行世界でマイとひっそり暮らすだけの未来よりは、名実ともに神となって世界を見守ってた方が救いがあるのではないでしょうか。界王神は悟飯でもいいんですけど、マイがなるのが一番それっぽいですね。ピラフ一味のマイにそっくりだけど実は界王神の弟子のひとりだったとかいうオチで。夫婦で界王神と破壊神になるのも一興でしょう?

 

孫悟空と魔人ブウの関係

魔人ブウは、原作コミックでは最強最後の敵でしたが、ゴテンクスや悟飯を吸収したブウはともかく、それ以外のブウに関しては単純な強さよりも、完全に消滅させない限り死なないという耐久性の高さの方が厄介であるように描かれていました。

 

最初に登場したデブのブウは、ベジータの一撃で肉体を貫かれていますし、自爆で粉々になっています。

悪のブウが善のブウを吸収したタイプも、超サイヤ人段階のゴテンクスのスーパーゴーストカミカゼアタックで粉々になっています。

最後に戦った純粋ブウも同様で、フルパワーの超サイヤ人3なら消滅させることが可能だと言われていました。

 

つまり、本来のブウは、肉体が不死身でなければ、超サイヤ人2以上の戦闘力でも倒すことが可能な程度の戦闘力だったのではないか、と推察できます。

 

ただ、攻撃に回った時の戦闘力はそれなりに高く、超サイヤ人2レベル(であるはず)の悟飯は一撃で倒していますし、洗脳ベジータにも大ダメージを与えています。以前も考察しましたが、ブウの場合は肉体の耐久力が異常に高いので、持てる気を全く防御に振り向けておらず、全ての気を攻撃に使うことができるという利点があると考えられます。

純粋ブウが超サイヤ人3悟空と互角に戦えたのも、ブウが攻撃力全振りなのに対し、悟空は攻撃にも防御にも気を割いていたからと考えることが可能です。そして悟空はフルパワーで攻撃すれば瞬殺できるはずなのに、戦いを楽しもうとして普通に格闘戦を挑んだせいで気を無駄に消耗し、倒せるタイミングを逸したとも言えます。これが未来トランクス(超サイヤ人3)だったら瞬殺していたかもしれません。

 

 

ブウの気の総量=戦闘力に関しては、超サイヤ人2のベジータが命を燃やしても消滅させることが出来ず、超サイヤ人3フルパワーなら勝てるということから、2と3の間くらいであると考えることができます。

ただ、超サイヤ人3は制限時間が短いので、スタミナの概念もないブウとの殴り合いではじり貧になっていくという関係性にあります。その点はゴテンクスであっても同様で、消費が少ないアルティメット悟飯、あるいは融合により超サイヤ人でありながらアルティメット以上の戦闘力を持つベジットなら正面から殴り勝つことも可能だったというわけです。

しかしブウは完全に戦闘力で上回る相手は吸収するという性質があり(そう考えると大界王神や南の界王神の戦闘力はアルティメット悟飯級だったということに)、それを知らないと吸収されてしなうという「わからん殺し」まで備えているという極悪なラスボスでした。

 

つまりブウの本質は「超サイヤ人2以上3以下の戦闘力に加え、無限再生と吸収能力を持ちスタミナ上限もない存在」であると言えます。

あえて言うなら知恵が限りなくないということが特徴で、それ故に「手懐けてしまえば」無力化できる存在でもあります。それができたのがミスター・サタンか封印魔法を使えるバビディだけだったというのがまた皮肉です。

 

つまりこのブウ、手懐けなければ消滅させるしかない存在でした。そういう意味で、悟空にとっては天敵だったと言っても過言ではありません。

かつてのピッコロやベジータのような「プライド」がないため、改心させていいライバルにするには、人間に転生させてウーブになってもらうしかありませんでしたし、相手をなるべく殺したくない悟空にとっては消滅させることもなるべくしたくなかったでしょうから、いくら強くても悟空の戦いたい相手とは言い難い存在でした。そのあたりが、倒すのを諦めて若い世代に任せようとした理由なのかもしれません。

 

悟空にとって、やっつければ諦めてくれる相手がベジータまでで、それ以降は「殺しても分かり合えない相手」との戦いの連続でした。

フリーザには、情けをかけても裏切られ、最後には自分でとどめを刺すしかありませんでした(死んでませんでしたが)。

セルは負けるとわかると地球ごと自爆するような相手であったため、悟飯に任せようとしたら倒しきれなかったため、責任を取って自らの命をもってセルを止めました(セルだけ死にませんでしたが)。

そしてブウもまた、消滅させないと止められない相手であったため、悟飯達にまかせようとしたら地球も消滅してしまったので自分でかたをつけました。

 

フリーザやセルと、ブウとの違いは、「今度はいいヤツに生まれ変われよ」という言葉が出たことです。つまり、今目の前の相手と分かり合えなくても、死んで生まれ変わったら自分の望む「いいライバル」になってくれる可能性がある、ということに希望を見出したということにもなります。

「殺したら反則負け」の概念から「死んでら転生できる」の概念に変わったことで、悟空はようやく「殺さない限り勝てない」相手への精神的な対処法を見つけたことになります。

 

悟空がこの境地に至ったのは、一度死んだことが大きいのだろうと思います。というよりも、死んだだけの時点ではまだブウを倒す気になれていませんでしたから、死んでもう一度生き返った(老界王神の命もをらって)というのが大きかったのかもしれません。しかも、ドラゴンボールによる復活ではなく他人(しかも神)の命をもらっての復活なので、自分だけの命ではないという自覚も芽生えた可能性があります。

自分自身がある意味「生まれ変わった」のだと言え、死んだ人間も魂を入れ替えれば新たな存在になることも悟空は知っているわけですから、命は死んだら終わりなのではなく、また別の魂となって現世に還るだけなのだという認識に変わったことが、心理的に影響を与えたのではないでしょうか。

 

つまり魔人ブウを倒すことができたのは、悟空自身が一度死んで、他人の命で生き返ったことが大きかったのではないか、ということが言えるのです。それは相手が不死身の魔人ブウだったからこそなのかもしれません。

 

そのように考えて思ったのですが、悟空は老界王神の命をもらって復活した=神の魂を得て転生した、と言えるので、超サイヤ人ゴッドになれる理由は「正義のサイヤ人が他のサイヤ人のパワーをもらって云々」というものではなく、単に悟空が神の魂を持っているからで良かったような気がしますし、このネタは今後のパワーアップの根拠に使えそうな気がします(笑)

「超サイヤ人」の気には限界はないのではないか、という考察

超サイヤ人に変身して以降、悟空たちのパワーアップの方法は「新たな形態への変身」に偏るようになりました。

それまでの、「新しい技を身につける」や「死にかけてから回復して戦闘力アップ」という要素はほとんどなくなり、超サイヤ人の力をいかにパワーアップさせるかが修行のテーマになっていきます。

 

このことから、一つ仮説を立てました。理論上は、超サイヤ人の気はいくらでも増幅可能であり、あとは自分の身体が耐えられるかどうかなのではないか、と。

セル戦で見せた超サイヤ人第2~第4形態は身体を強化するか、慣らすかしてより大きな気を発する変身ですし、旧ブロリーのような強靭な肉体があればそれ以上のパワーアップができる、という説明ができます。

超サイヤ人3はあの世で肉体の制限がない状態で気を限界まで高めた結果生まれた形態と考えられますし、超サイヤ人4は大猿の肉体をコントロールできるようになったためより大きな気に耐えられるようになった形態と言えます。新ブロリーもほぼ同じ理屈です。

 

その「質」が変わるのが超サイヤ人ゴッドで、これは気を増幅させるというよりは、気の質を澄んだものに変える変身と言ってもいいかもしれません。従来の超サイヤ人は老界王神に言わせれば「身体の負担が大きい」「邪道」ですし、ビルス曰く神の気は外部に察知されるように漏れ出ることはないということから、「気」をより洗練されたものにし、無駄が減ったためにより大きな戦闘力に変換することが可能になったのが、超サイヤ人ゴッドということになります。

ただこの超サイヤ人ゴッドは、名前こそ超サイヤ人と付いていますが、髪形に変化がなく、厳密には超サイヤ人への変身ではない形態と考えられます。超サイヤ人ゴッドの気を維持したまま超サイヤ人に変身したのが、超サイヤ人ゴッド超サイヤ人、つまり超サイヤ人ブルーなのではないかと思います。神の気を得たことで、より高いレベルで気を増幅させるようになったということでしょう。ここから更に「超ベジータ」形態になるのがベジータが力の大会終盤で見せた新たな変身なのかもしれません。

 

フリーザも、ある意味ではサイヤ人に似た特性があると言え、身体を鍛えたら超サイヤ人ブルー級の戦闘力を得たということは、元々それだけ気を高める素養があったということになります。100%の力を使ったら身体が耐えられない、というのが元々の設定でしたが、それ以上に強靭な肉体を得ればサイヤ人以上のパワーアップが可能だった、ということです。おそらくフリーザの肉体の方が、地球人に近いサイヤ人の肉体よりも気に対する耐久性が高いのでしょう。

 

 

ブウ編では、一旦パワーアップに上限が見え、超サイヤ人3は負荷が強すぎる変身という扱いになり、それ以上のパワーアップはフュージョンポタラなどの融合が必要でした(形態自体は変身前と同じでも圧倒的に強くなるので、気の量ではなく純粋に人間としての戦闘力が上がっているということになります)。

唯一異なっていたのがアルティメット悟飯ですが、これは老界王神の力で気の質が(神の気に近いものに)変わったということなのかもしれません。だから、超サイヤ人に変身しなくても(=肉体を強化しなくても)それ以上の戦闘力を発揮できたということなのではないでしょうか。ただ悟飯の場合はそれが物理的に高められる気の限界(以上)だったということなので、それ以上気を高める伸びしろはなかったということになります。

 

この悟飯の事例から、「超サイヤ人」の状態になると、気の上限が無限になるのではないかという推論が立てられます。もちろん肉体が耐えられればという前提で、通常の超サイヤ人の場合は3が限界ですが、ゴッドになれば負荷が減るためより高い次元での超サイヤ人化が可能ということになります。

悟飯はアルティメット化をやめて超サイヤ人になれば気の上限は無限になりますが、超サイヤ人の気の方が純度が低いので、アルティメットと同等レベルまで高めることは(ゴッド化しない限り)できないということなのかなと思います。「復活のF」以降の悟飯は、アルティメットの気の練り方を忘れてしまっていて、それを思い出したのが「超」での力の大会前のピッコロとの修行だったということでしょうか。そしてアルティメット=非超サイヤ人化の状態での戦闘力上昇はそれが限界で、悟飯がこれ以上強くなるには、ゴッド化しかないのかもしれません。

 

超サイヤ人だから無限」という根拠は劇場版にはいくつかあって、例えば「激突!100億パワーの戦士たち」では悟空とベジータの気をいくら吸っても吸い尽くせず、逆にビッグゲテスターがオーバーヒートしてしまったという事例があります。これは気が出ていくため肉体への負荷がかからず、ずっと気を吸い出し続けることができたということであると言えます。もう一つが旧劇場版のブロリーで、気が無限に高まるような描写がありますが、これもブロリーの肉体の耐久力が異次元なので、気を高める上限がなかなかやって来ないということなのかなと思います。

 

ヒットやジレンのような「超」で登場したゴッド級の強敵たちは、設定が全くないのですが、おそらく元々の肉体がフュージョンポタラで融合したサイヤ人並の素養があり、フリーザのように鍛えれば神レベルまで強くなれる素材だったということなのかなと思います。元々「Z」以前ではサイヤ人フリーザ一族以外では、人造人間や魔人といった種族しか登場せず、他の宇宙人はろくに登場しませんでしたからね(劇場版入れてもボージャック一味くらいです)。

原作漫画でのドラゴンボールは、「元々強い敵」に対し修行して悟空たちが追い越す、というパターンでしたが、「超」の敵役は皆「力の大会」に出るような立場だけあって、自分で修行してより強くなった戦士たちだったのかなと思いますね。

 

それに対し、肉体の強化と気のコントロールが上手くいけばいくらでも強くなれるのが超サイヤ人というところでしょうか。そこに一石を投じる「身勝手の極意」が今後どう扱われていくかで、サイヤ人がどう強くなっていけるかの方向性が変わってきそうです。

 

「ドラゴンボール超」未来トランクス編で増えた世界線

ドラゴンボールには4つの世界線があることは、以前も考察しましたが、「超」で未来トランクスが再び登場したことにより、その後世界線は更に増えました。

 

アニメの公式サイトでは、世界線が増えた瞬間はビルスが現代のザマスを破壊したタイミングであったように説明されていましたが、実際にはそのタイミングではありません。

未来トランクス編で起きた歴史の変化の順番は、以下の通りです。

 

1.ザマスがゴワスを殺害後、超ドラゴンボールの力で悟空の身体を乗っ取る

2.トランクスの未来に移動し、その時代のザマスと共に人間0計画を実行

3.トランクスがブラックに敗北し、原作の世界線へタイムスリップ

4.トランクスのタイムスリップに巻き込まれ、ブラックも一時的にタイムスリップ

5.ブラックの存在を知った原作悟空たちが、ザマスを調べて真意を知り破壊

 

現代のザマスを破壊できたのは、ブラックがタイムスリップしてきてその正体を悟空たちが探り始めたからです。歴史を変えたのはブラック自身であり、それを誘発したのがトランクスということになります。

つまり、トランクスとブラックがタイムスリップしてこなければ、原作悟空はいつかそのままザマスに乗っ取られてしまうはずだったのです。

ブラックがトランクスの未来に移動したのは、自分の計画が実行しやすい世界を探していたからだと思われますが、そのことによりトランクスの再度のタイムスリップの機会を作り、自分が破壊される世界線を作っただけでなく、自分自身も消滅させられる結果を生んでしまったということになります。

 

 

そしてもう一つ増えたのが、未来トランクスとマイが最後に移動した時代の世界線です。

この時代は、ブラックが現れる前の未来トランクスの世界であり、そのブラックがやって来ない世界でもあります。

それはどういう世界なのでしょうか。

 

そもそも、未来トランクスの世界自体が、ブラックがやって来たことで大きく歴史が変わってしまっています。ブラックの襲来自体で、未来トランクスの世界自体が枝分かれしているということです。

その、ブラックが来なかった側の世界に、未来トランクスは移動したということになります。

 

前回の考察で、

1つ目の世界を原作世界、2つ目の世界を未来トランクスの世界、3つ目の世界をセルの世界、4つ目の世界がセルの世界のトランクスがタイムスリップした先の世界としました。

この分類に乗っ取ると、まず原作世界である1つ目の世界が、ザマスがゴワス殺害に成功した世界と失敗した世界に分岐します。ゴワス殺害に成功した世界を、1´の世界としておきます。

そしてその1’の世界のザマス=ブラックが2つ目の世界にタイムスリップすることで、2’の世界が生まれます。これが「超」の未来トランクスの世界です。そのため正確には、トランクスとマイがブラックが現れる前の時代にタイムスリップしたから世界線が増えたのではなく、ブラックが2の世界にタイムスリップしてきたから世界線が増えたということになります。

この2’世界のトランクスが1つ目の世界にタイムスリップすることで、1’の世界になることなく、1つ目の世界の歴史が悟空生存のまま正しく続いていくのです。

最終的に、2’の世界は全王により消滅し、残されたトランクスとマイは2の世界に戻り、並行世界の自分たちを見守りながら2人で生きていくことになります。おそらく2の世界では歴史を変えないよう、干渉は最小限に留めるのでしょう。

 

ザマスによる歴史改編で生まれたともいえる1'と2'の世界ですが、そのうち2'の世界は消滅しています。一方、1'の世界はどうなったのでしょうか。

ザマスが殺害したのは自らの身体と入れ替わった悟空と、その場に居合わせた悟天とチチだけであったようです。そしてゴクウブラックとなったザマスはタイムスリップしてその次元からは消えますので、単純に悟空・悟天・チチが死んだ世界ということになります。

この世界にはビルスウイスもいますし、ベジータや悟飯も健在ですので、悟空たちの死の原因を突き止めようとすることは間違いありません。悟天とチチはドラゴンボールで生き返れますが、悟空は肉体がその次元から消滅しているので、生き返ってもザマスの肉体のままという可能性があります。ゴワスが死んだことや時の指輪が奪われたことも露見するでしょうから、いつかこの世界の誰かが、わずかなヒントを辿ってトランクスの未来を訪れるのかもしれません。

…というか、そういう未解決の歴史を残すのはあまりよろしくないですね。最後に生き残ったトランクスとマイは、2の世界ではなく1'の世界に行って真実を伝える役割を担うべきだったのかもしれません。

 

 

ベジータの必殺技を考察する

ドラゴンボールに登場する名前付きの必殺技は、かめはめ波や悟空の技以外は割と一回きりのことが多く、むしろゲームなどで定着している部分があります。ピッコロの代名詞でもある魔貫光殺砲も原作ではラディッツ戦以外では使用していません(ナッパ戦で似たような軌跡を描く技は使っている)し。ものまね芸人がよく使うフリーザの「デスビーム」なんてゲームで名づけられた技で、原作でもアニメでも一度も出てきたことのない単語です。

 

そんな中、ベジータは複数の名あり必殺技を持つ珍しいキャラクターです。それだけ大技を撃つ場面に恵まれているとも言えますが、それらの技にはどのような違いがあるのか、改めて考察してみたいと思います。

 

 

ギャリック砲

ベジータの元祖必殺技です。かめはめ波とそっくりな構えで撃つこと、そのかめはめ波との撃ち合いで押し負けたことで有名です。

技名は名乗っていませんが、フリーザ最終形態との戦闘でも同じような技を繰り出しており、全力の技がフリーザに蹴り返されたことが決定打となり、例の恐怖のあまり涙すら流すシーンに続きます。

ベジータ超サイヤ人になってからは、一度も使うことがありませんでしたが、「GT」ではベジータベビーが使用し、「超」ではベジータ本人が使用するだけでなくトランクスとの親子ギャリック砲まで披露しました。

 

かめはめ波そっくりな技ですから、原理もおそらく一緒で、「全身の気を凝縮して一気に開放する」タイプの技であると思われます。悟空戦では地球ごと破壊するつもりで放ち、フリーザ戦で放った技もピッコロがナメック星ごと破壊されることを危惧したほどでしたから、当時のベジータの最大の大技であることには間違いありません。

 

○ビッグ・バン・アタック

超サイヤ人になったベジータの必殺技です。こちらもメジャーですね。原作では人造人間19号に放った1回切りですが、18号に使った片手のエネルギー波もこの技の派生のような気がします。

アニメでは比較的出番が多く、ベジットが使ったり劇場版「激突!100億パワーの戦士たち」で使ったり、「GT」ではベジータベビーが何故かファイナルフラッシュの構えで使用する(ベジータの記憶を取り違えたとか言われてますね)など、ギャリック砲よりも有名な可能さえある技です。

この技は片手で光弾を放つだけなのですが、すさまじい破壊力で19号を一撃で破壊しています。また、超サイヤ人化した状態で空中から地表めがけて撃ったにも関わらず、ピンポイントで狙った敵だけを破壊していることから、ギャリック砲のように星ごと破壊してしまうようなことはないようです。

このことから、フリーザ以上の戦闘力を得て、地球を簡単に破壊できる力を得たベジータが、地球を破壊せずに相手にだけ大ダメージを与える技として開発した可能性が考えられます。

 

ファイナルフラッシュ

精神と時の部屋で修行した「超ベジータ」がセルに放った最高の大技です。だいたい、ベジータ最強の必殺技と言えばこれが挙げられます。

原作ではセル戦1回きり、アニメではセルジュニアにも使用しましたがフリーザのように蹴り返されてしまっていました。ただこれは光弾型かつ地表に向けて放っていたことから、実質ビッグバンアタックであった可能性があります。アニメスタッフはあまりベジータの必殺技を区別していないようです。

実はリクーム戦でもほぼ同じ構えの技を放っており、ゲームによってはこれもファイナルフラッシュであったとされています。そのためおそらく、精神と時の部屋で開発した技ではなく、元々ベジータの技のレパートリーにあったものと考えられます。

こちらは地球ごと破壊してしまう可能性があると言われていたことから、ビッグバンアタックとは違い手加減なしの大技であることが分かります。そうなると、同じく星を破壊する威力のあるギャリック砲とはどういう違いがあるか、気になるところです。

 

あえて違いを挙げるなら、ファイナルフラッシュの方が溜めが長いということでしょうか。最初から両手をくっつけてチャージするギャリック砲と違い、両手を広げて全身で気を高めた上で、両手をくっつけて気を集める描写があることから、より多くの気を長い時間をかけて練り上げている印象があります。

相手に隙があるときしか使えない、とっておきの大技というところでしょうか。

 

ちなみに「超」ではトランクスもファイナルフラッシュを使っていますが、溜めが短いため名前や構えだけ真似ているだけの技である可能性があります。

 

○(おまけ)ファイナルシャインアタック

「GT」で登場したベジータの新必殺技です。しかしGTのベジータはほぼ戦力外だったので、敵に一度もまともなダメージを与えることができませんでした。

技の構えも、初使用時は片手で撃つビッグバンアタック型だったのですが、その後ファイナルフラッシュのように両手で撃ったりもしていて、どんな技か全くわかりません。アニメスタッフはそもそもベジータの必殺技の扱いが適当なので、この技もちゃんと考えられていない可能性が高いと言えます。

あえて言うなら、そこまで溜めが長くない、片手でも撃てるなどの特徴から、ビッグバンアタックの発展型なのだろうとは思います。名前もそんな感じですし。

 

 

というわけで、原作で名前が出たベジータの必殺技の使い分けですが、

ギャリック砲…全力で撃つ技

ビッグバンアタック…星を壊さずに極限まで威力を高めた技

ファイナルフラッシュ…時間をかけて全身全霊で撃つ技

 

という感じなのかなと思います。

超サイヤ人化してからギャリック砲をあまり使わなくなったのは、使うとマジで星が壊れるからで、どうせ壊れるほどの威力になるならファイナルフラッシュでいい、ということだったのかもしれません。

そのファイナルフラッシュの使用頻度もあまり多くありませんが、隙を作れるような戦闘が多くなかったからなのかなと思います。余裕しゃくしゃくだったリクームとか、挑発してあえて食らうように仕向けたセルとか、特殊なシチュエーション限定の技なのかもしれません。

 

○(おまけ2)連続エネルギー弾(グミ撃ち)

名前はありませんが、ベジータの真の必殺技はこれですね(笑)他のキャラクターも(悟空も!)使ったことがありますが、ブウが使ったときに悟空が「ベジータの技」と理解したことからも(ベジータはデブブウ戦では使っていないのでブウは別にベジータの技としては学習していないはず)、ベジータの代名詞のようになっているのが分かります。

だいたい相手に効かない、この後だいたいベジータは致命傷を食らうなど、一種の死亡フラグのような技ですが、打つ手がなくなった時の破れかぶれといった側面もあるので、仕方のないことなのかなと思います。

 

そんなベジータの華麗なるグミ撃ちの記録を追ってみましょう。

 

(1)ザーボン

 この時は瀕死からパワーアップしたことでザーボンに大ダメージを与えています。この技が「圧倒的優位の象徴」として使われた珍しい場面。

 

(2)リクーム戦

 先述のファイナルフラッシュの原型技から続く連続攻撃。土煙がたつ→ノーダメージの黄金パターンが確立した記念すべき戦いです。

 

(3)セル戦

 ファイナルフラッシュが通用せず、やぶれかぶれの状態で使用。当然ながら通用しませんでした。ファイナルフラッシュ→グミ撃ちは黄金パターンなのでしょうか。

 

(4)セル戦(その2)

 自爆後に再生したセルにトランクスが殺され、逆上した状態で使用。こちらもノーダメージな上パンチ一発でKOされ、とどめを悟飯がかばってくれたことで悟飯が負傷。味方にも損害を与える最悪のパターンになってしまいました。

 

(5)ブウ戦

 界王神界での純粋ブウとの戦闘で、悟空のチャージ時間を稼ぐために使用。ブウの肉体は破壊できているのですが、少しずつ後ろで再生を始めているのに気づかず撃ち続けるという、「土煙→やったか?」ではなく「志村うしろー!」という新しいパターンを披露しました。

 

 ちなみに最初の地球での戦いでは悟飯に対して連続エネルギー波を使用していて、ザーボン戦も含めて当初は優位性を示す技として使われていたのが、強敵との負けバトルの演出として使われるように変わっていくいう演出上の変化が見られます。

 一発の威力が高いわけではないので、一撃で大ダメージを与えられるような優位な相手にはより優位になるものの、全力で攻撃してもダメージが通るか分からない不利な相手には全く通用しないという技なのですが、逆上するとつい使ってしまうようです。

 優位な相手にはとことん高圧的に、不利な相手にはひたすら焦るベジータのメンタル面を象徴する技なのかもしれません。

 

 

 というわけで、ベジータの必殺技集でした。ベジータは非常に考察のしがいがあるキャラクターですね。

 

神コロ様の戦闘力

 ピッコロはセル編後半以降、まともに戦闘に参加することがなかったため、実際のところどのくらいの戦闘力だったのか、いまいち分からないままとなっています。久々に実戦参加した「復活のF」ではフリーザの部下に苦戦するほどで、「力の大会」ではあまりガチの強者と戦わなかったのでどの程度かよくわかりませんでした。

 作中の描写から、もう少しピッコロの強さを考察してみたいと思います。

 

 

 ピッコロの戦闘力がはっきり分かった最後の場面は、フリーザ戦です。戦闘力100万以上とされるフリーザの1回目の変身の姿に対し、重りをつけたままで互角以上に戦っていたことから、ピッコロの戦闘力もまた、100万以上であったと思われます。

 その後、フリーザに2回目の変身をされて簡単に逆転されたところで、強さの序列はよくわからなくなりました。その後瀕死から復活を遂げたベジータはピッコロの戦闘力を上回っていたと思われますが、それでも最終形態のフリーザに手も足も出なかったので、この時点でのピッコロは完全に戦力外です(悟飯とクリリンの気を分けてもらった上で、不意打ちでフリーザを海まで蹴り飛ばすのが精一杯でした)。

 

 人造人間が現れるまでの3年間は、悟空と悟飯と共に修行し、それなりのパワーアップを遂げたようです。人造人間20号を圧倒できるくらいの戦闘力は持っていました。ただこの20号の戦闘力自体が不明で、超サイヤ人には手も足も出ないレベルというだけであるため、例えばフリーザと比べてどっちが強いのか、と言われると謎です。強さの見積もりはベジータ戦の悟空で止まっていますしね。

 ピッコロが3年間の修行でフリーザを圧倒できるレベルまでパワーアップしているとは考えにくいので、20号の戦闘力は多く見積もってもフリーザのに最終形態と第2変身の間程度だったのかなと思います。

 

 その後、ピッコロは神様と融合することで、超サイヤ人を上回るパワーアップに成功します。とは言え、17号と全くの互角で勝敗がつかず、スタミナの差で徐々に不利になってきたというくらいなので、超サイヤ人とそこまで大きな差があったようにも思えません。

 ベジータは18号と戦った際、当初は押し気味に戦っていました。18号は17号には戦闘力で劣るということ、超サイヤ人の方がスタミナ消費が激しいということから考えると、神コロ様は超サイヤ人より気の消費が少ないというメリットがあるだけで、超サイヤ人ベジータと比べると18号と17号の実力差くらいの差しかなかった可能性もあると思います。

 

 その後ピッコロは、精神と時の部屋で修行をしてかなりパワーアップした(悟空に「レベルそのものが上がってる」と言われた)ようですが、当然ながら完全体のセルには遠く及ばないレベルでした。ただベジータ、トランクスくらいしかまともに戦えていなかったセルジュニアにやられずに済んでいたので(作者がピッコロを描くのを忘れていたっぽいのですが、とりあえず倒されてはいなかった)、「超ベジータ」くらいの戦闘力にはなっていた可能性があります。

 

 ただ、だとするとそんなピッコロが「ドドリアザーボンに匹敵する」という程度のシサミに苦戦するのは解せないものがあります。それまで大量の兵士を倒していて気を消費していたにしても、実力差が大きすぎます。おそらくシサミが戦闘力をコントロールできるタイプで、真の実力はもっと大きかったということなのだと思いますが、「超」で描写が修正されたのでやはり無理があるということなんでしょうね。まぁピッコロがかなり消耗していたということにしておきます。悟飯のように修行をさぼって戦闘力が大幅に落ちているということも考えにくいですし。

 

 というわけで、ピッコロの最終戦闘力の基準は「セルジュニアに倒されなかったこと」であり、ここからセルの第2形態以上、その時点でのベジータトランクス以下くらいであったことが推測されます。ざっくり言えば、超サイヤ人以上超サイヤ人2以下ですね。ブウ編だとダーブラ以下ということになるので、まぁ活躍できる場があるわけなかったというところです。ヤコンやプイプイには勝てたでしょうけど…。