メカフリーザ撃破から人造人間登場まで、3年の年月が経過しているわけですが、この3年間のミッシングリンクは割と重要なんじゃないかということに思い至りました。
というのも、ラディッツが現れて以降、悟空と悟飯はこの3年間+精神と時の部屋の1年間しか一緒に修行した時間がないのです。ラディッツ襲来前は修行していませんでしたし、ブウを倒した後は悟飯が学問の道に進んでいます。そのため、悟空がちゃんと悟飯と武道家として向き合ったのは、ほとんどこの3年間だけなんです。
更に、悟空とピッコロが一緒に修行したのもこの時期だけです。悟空はラディッツ戦以降、原作ではほとんどピッコロと会話していません(フリーザ最終形態戦のわずかな間のみ)。人造人間編でも悟空とピッコロは前線に出るタイミングがすれ違い続けているので、セルゲームまで同じ戦場に並び立つことはありませんでした。
要するに、悟空・悟飯・ピッコロが3人で過ごすという、悟飯にとって最も幸せだったであろう時間が、この3年間だけだったと言っても過言ではないのです。
そう考えると、セルゲーム時にセルに悟飯を怒らせようと仕向ける悟空と、それを咎めるピッコロの関係にももっと深い意味が感じられるとは言えないでしょうか。
この3年間の修行がどんな感じであったかは、あまりはっきりとは明言されていません。アニメでも運転免許を取ろうとしたくらいで大した補完がなく、コミックの扉絵で、超サイヤ人になった悟空が悟飯とピッコロの2人を相手にしているカットがあったくらいです。
しかし当時の実力差を考えると、確かに超サイヤ人になった悟空は悟飯とピッコロが2人がかりになっても勝てないレベルだったでしょうから、そういう意味では悟空にとってちゃんとした修行になっていたかは怪しいところです。実際精神と時の部屋で修行するまでは、悟空が明確にレベルアップしていた印象はありませんでした。新技も特になかったし。どちらかというと、超サイヤ人の力をより自在にコントロールする修行をしていたのかもしれません。
ピッコロは20号を圧倒できるほどレベルアップしていましたので、超サイヤ人の悟空を相手に戦うことでかなり成長できたと考えられます。悟飯は精神と時の部屋に入る前の実力が全く不明なので分かりませんが、ピッコロと同等レベルには強かったのかもしれません(フリーザ第3形態戦の時点でブチ切れたらピッコロに負けていなそうだったので)。
また戦闘力以上に、3人の人間的な交流はかなり深まったんじゃないかと思います。悟空とピッコロはラディッツ戦の時点ではまだピッコロが悟空の命を狙う関係で、それ以降の交流はありませんでした。悟飯にとっては父親である悟空と、師匠であるピッコロの違いを明確に感じられる時期だったはずです。おそらく悟飯に対してはピッコロのほうが厳しい態度で接するも、悟空よりも気持ちに寄り添える関係であったように思います。年齢的にはピッコロのほうが悟飯に近いですからね。
そういう意味では、悟飯とピッコロの関係性が深まったのもこの時期だったはずです。当時劇場版の影響もあり悟飯とピッコロは親密なイメージでしたが、原作を考慮するとナッパ戦の最後でようやくピッコロが悟飯への情を露わにしただけで、悟飯のピッコロへの信頼はともかく、ピッコロの悟飯への優しさはそこまで強く出ていません(フリーザとの決戦中でしたし…)。むしろそれまで悟飯に対してツンデレ気味だったピッコロの態度が軟化していく時期だったんじゃないかと思います。
悟空と悟飯の関係に関しては、ちゃんと2人で修行したのは精神と時の部屋からだったようにも見えるので、そんなに2人が組手をする機会はなかったのかもしれません。悟飯はラディッツが来るまでに悟飯と修行をしたことがなかったようなので、悟飯にとっても父は修行の相手ではないという固定観念を持っていた可能性があります。また、ただでさえ超サイヤ人という次元の違う存在になってしまっているため、対等に修業をするというイメージは持ちにくかったという側面もあったのかもしれません。
悟空の死後は何かと悟空の服を着たがった悟飯が、人造人間編ではまだピッコロの服を着ているということは、悟飯にとってはまだ師匠はピッコロであるという自覚があったと考えられます。そのことからも、主な組手の相手は悟空とピッコロ、悟飯とピッコロという関係で、悟空と悟飯が直接戦うことはあまり多くなかったのかもしれませんね。まぁ、精神と時の部屋での修業を経ても悟飯はピッコロの服を欲しがったのですが、その時点では悟空の服は悟空のものというより、亀仙流のものという意識もあったんだとは思います、悟飯は亀仙人の教えは受けていないですし、悟空の服を着るとクリリンやヤムチャともお揃いになっちゃいますからね。
悟空とピッコロの関係についても、この時期に大きく変わった可能性が高いです。フリーザ戦までの悟空とピッコロの関係は、ラディッツ戦の時と同じまま、再戦を約束したライバルだったはずです。その再戦は修行期間に果たされたはずですが、超サイヤ人という圧倒的な差が生じたため、ピッコロは悟空に完全に負けてしまっていたはずです。ベジータほどのプライドはなかったかもしれませんが、それでも歯がゆい思いはあったはずです。そのため、最終的にピッコロが悟空に匹敵する力を得るには神様と同化するしかないという考えには、もうこの時点で至っていたんじゃないかと思います。それはドラゴンボールを失うのと同義であるため、本当に世界が危機に瀕した時の最終手段であるとも考えていたでしょう。
悟飯との関係も含めて、ピッコロにとって悟空は「いつか超えるべきライバル」から一歩離れた存在になり、いなくなると悟飯が悲しむ「悟飯の父」になっていたと考えられます。かつて殺すべき宿敵だったところ、悟飯寄りの目線で悟空を見ることができるようになったことで、セルゲーム時の発言に繋がっていったのではないでしょうか。だとすると、あの時悟空にアドバイスできたのはまさにピッコロだけだったはずです。クリリンやヤムチャでは、悟空に近い世代の大人としてアドバイスすることはできても、悟飯側の目線になることはできません。
この3年間のドラマがもっと描かれていれば、セル戦がより味わい深くなるような気がするので、ここのミッシングリンクを新作で描いてくれてもいいんじゃないかという気がしました。悟飯がピッコロにだけ「お父さんは僕が危ない時に絶対助けに来てくれるんだ(実際ナッパ戦、リクーム戦、フリーザ戦の実例がある)」って語るエピソードを入れて、セル戦で悟飯を戦わせる悟空にピッコロが怒るのに繋げるとかね。まぁ、原作者がいない以上あんまり期待はできませんが…。
なお、この悟飯にとって幸せな3年間は、トランクスの未来世界における悟飯にはなかった時間でもあったと言えます。悟空は途中で心臓病で死んでしまいますし、人造人間の襲来を知らないので修行していないことから、ピッコロと修行する機会もほとんどなかったはずです(チチが勉強に専念させているはず)。そう考えると、未来の悟飯が余計に悲惨に感じられてしまいますね。