どらごんぼーる考察

がんだまぁBlogからドラゴンボール記事を移植しました。以後ドラゴンボール考察はここで展開します。

ブロリー時空のつながりを考える

ここで言う「ブロリー時空」とは、旧劇場版ブロリー三部作のことです。基本的に原作とはパラレルワールドである旧劇場版シリーズですが、ブロリーが登場する三作は一応繋がっていることになっています(登場人物が前作のブロリーを知っている前提なので)。

無論、劇場版はそもそも整合性無視であるため、矛盾があっても仕方ない部分ではあるのですが(クウラ→メタルクウラも繋がってはいるが、クウラが原作に組み込める話なのに対しメタルクウラは完全IF世界)、そこをあえて考察してみようという企画です。

 

難しいのは、1作目(燃え尽きろ!熱戦烈戦超激戦)は悟空が生存しているのに対し、2作目(危険なふたり!超戦士はねむれない)は悟空が死んでいるということです。つまりこの2作の間に悟空は死亡していることになり、悟空が死ぬ理由はセル戦以外考えられないことになります(他の理由で悟空が死ぬこと自体考えにくいため)。

しかし1作目は「悟空と悟飯が精神と時の部屋の修行後」であるのが間違いないため、原作に組み込むには悟空と悟飯が修行を終えてからセルゲームが始まるまでの期間にねじ込むしかありません。それはそれで無理がある(悟空と悟飯が変身を解いている、セルゲーム前に新惑星ベジータに行くとは思えないなど)ため、1作目だけで考えるなら悟空がセルを倒した後の話(悟飯が超サイヤ人2にならずにセルが倒された世界)と考えるのが一番無難でした。

しかし2作目のことを考えると、悟空は死んでなければなりません。

 

もう一つ難しいのは、3作目(超戦士撃破!勝つのはオレだ)は18号が天下一武道会の賞金をミスター・サタンにねだりに行く話であることから、天下一武道会が行われており、しかも優勝がミスター・サタン、準優勝が18号という原作通りの展開になったことを前提にしなければならないということです。

18号が天下一武道会に参加しているということは、その開催を悟飯を通じて知ったということで、原作通り悟空が1日だけ復活して参加していた可能性が高いとも言えます。しかし作品ラストにあの世で暴れるブロリーを止めるために悟空が登場するため、悟空はあの世に帰っています。

原作通りだと天下一武道会終了後、しかも悟空帰還後となると悟天とトランクスはフュージョン修行中ということになることから、二人がフュージョンを使わずに戦うことはあり得ないということになります。そもそもその頃ミスター・サタンはブウと一緒にいるはずです。ブウを倒した後の話と考えることもできますが、そうであるならなおさら二人がフュージョンを使わないのがおかしいということになってしまいます。

 

これらのことから、このブロリー時空は「原作に近い経過を経ているが、原作とは違う未来を歩んだ世界」と考えるしかなくなります。

 

まず、3作目の世界観から、「ブウは存在しない」世界であったことが伺えます。最初からブウが存在しない世界と考えても良いのですが、ここではあえて「悟天とトランクスがフュージョンを覚える前にブウを倒した世界」としてみたいと思います。バビディ一味の乱入がない場合、天下一武道会の決勝に18号が出るには組み合わせ的に悟空とベジータの勝者に勝つしかないからです。よほどのアクシデントがないかぎりそれはないと思え(超サイヤ人化なしならあり得るかもしれませんが)普通に原作通りバトルロイヤルを経たと考えたほうが自然と考えます。

悟天とトランクスがフュージョンを覚える前に事態が解決したとすれば、それは「ブウを悟空が倒した」か「ブウを復活させる前にバビディダーブラを倒した」かのいずれかの展開だったかと思います。どちらにせよ悟空が本気になれば実現可能だったので、この世界は「悟空が真面目に事態収拾のために動いた世界」だったと言えそうです。

 

2作目に関しては、実は原作との矛盾はあまりなく、天下一武道会に出場するために悟飯とビーデルが修行していた頃の出来事と考えて差し支えありません。ブロリーが現れたのにベジータもピッコロも登場しないのは謎ですが、それは3作目も同様なので置いておきます。

 

そして1作目です。2作目以降との話のつながりを踏まえると、この1作目の後に悟空がセルと戦い死亡したことになります。しかしセル戦に備えていた節が見られないため(悟飯が塾に入ろうとしていたり、呑気に花見をしていたり)、1作目の時点で悟空たちは何らかの形で人造人間に関するすべての脅威を退けていたと考えるべきでしょう。ただ精神と時の部屋で修行していたのは間違いないので、人造人間を倒すために修行したのは確実と考えるべきですが、その結果人造人間を倒したのであれば、セルが完全体になることができず悟空が死ぬ可能性がなくなります。未来のトランクスが普通にいる世界なので悟空が心臓病で死ぬ可能性もありません。

 

悟空が精神と時の部屋で修行しているにもかかわらず、その後死亡するとなると、完全体セルくらいしか原因は考えられません。にも拘わらずセルの気配がない世界観だったことを考えると、この1作目の世界では「人造人間の脅威は去った」が「セルはまだ現れていない」状態と考えるしかなくなります。

可能性として考えられるのは、「17号・18号と和解に成功したが、その後遅れて現れたセルに吸収された」か「17号・18号は倒したが、別の未来から完全体のセルが現れた」かくらいです。

しかしセルは卵に退化しないとタイムマシンに乗れなかった設定なので、完全体のままタイムスリップしてくることは考えにくく、より可能性が高いのは前者だったと思われます。

その場合、セルが現れず17号と18号を倒すためだけに精神と時の部屋に入ったことになりますが、最初に入ったのがベジータとトランクスであったため、彼らが17号・18号(16号も)を圧倒的に上回り、ベジータは相手が弱すぎて意気消沈、トランクスは全力で破壊しようとするもクリリンが止めて和解、という流れが考えられます。17号・18号は目的が悟空を殺すこと以外にないだけで悪人ではないので、Z戦士たちが敵対をやめた場合争う理由はなくなります。

こうして人造人間との戦いが終わり、ブロリーとの戦いを経た後に、改めてセルが現れるという展開になるわけです。

 

 

この時点では悟空たちが圧倒的に強くなっているので、セルは表に出ず17号・18号の吸収のみを狙いながら行動することになります。気を消せますし天界にいるピッコロにばれない程度に一般人を吸収して力を蓄えたうえで奇襲すればまぁ吸収できるでしょう。完全体のセルとの戦いは、まぁまぁ原作通りになるんじゃないかと思います。というか悟空が死ぬにはセルの自爆阻止くらいしか考えにくいので(普通に悟空がセルに殺されて悟飯が怒りで覚醒して倒すというパターンもなくはないですが)、とりあえずセルとの戦いは悟空が死亡して終わるような結末だったとしか言えません。

あえて考察するなら、このブロリー時空では悟空が本気でバビディの野望を阻止する世界線なので、悟空の中に「あとは若い奴が戦えばいい」という発想が芽生えない世界になっていると言えます。セルが本来のタイミングで現れなかったので悟飯に任せようという気も起きなかった可能性があり、そう考えると悟空のセル戦での死に方も、自爆阻止ではなく自己犠牲の上の勝利(ラディッツ戦のように捨て身でセルを道連れにするイメージ)だった可能性がありますね。極端な話、セルには全力の一撃が直撃すればベジータファイナルフラッシュでも消滅させられるはずなので、動きを止められれば倒せそうですし。ある程度消耗した状態のセルに対し悟空が全力で羽交い絞めにし、悟飯とベジータが全力で攻撃すれば倒せそうです。

2作目の悟飯が明確に超サイヤ人2になっている描写はないですし、実はこのブロリー時空では悟飯が真の力に目覚めていない可能性さえあります。

 

というわけで、まとめるとブロリー三部作の時空は、概ね原作に近い歴史をたどっているものの、相違点は「悟空の意識が高い」ことだと言えそうです(笑)。まぁ原作悟空はブロリーがいくら強くても仲間に「パワーをくれー!」なんて言わないので、その辺が違いなのかもしれません。

歴史の分岐という意味ではセルが来るタイミングが「フリーザ親子が来る1年前」ではなかったという点が分岐点になります。本来、セルに殺されなければトランクスは未来の人造人間を倒せたことを報告に行くはずだったので、タイムマシンの時間設定は人造人間撃破後の時間になっているはずでした。その時間に近い時間軸にタイムスリップしたのがこのブロリー時空だったと考えるとつじつまは合います(トランクスが行こうとした時代にそのまま行っても、人造人間を倒せた世界になっている可能性が高いので、少しずれた世界に行った?)。原作のセルがフリーザ親子襲来より前の時間にタイムスリップしたのは、何らかのトラブルによるもの(トランクスが抵抗した?)と考えた方がいいのかもしれません。

 

まぁ歴史の分岐という意味では、そもそもこの時間軸では何故パラガスたちが地球にやってきたのか(原作ではなぜ現れなかったか)、ということから考えなきゃいけないんですけどね(苦笑)。