どらごんぼーる考察

がんだまぁBlogからドラゴンボール記事を移植しました。以後ドラゴンボール考察はここで展開します。

「超サイヤ人」の気には限界はないのではないか、という考察

超サイヤ人に変身して以降、悟空たちのパワーアップの方法は「新たな形態への変身」に偏るようになりました。

それまでの、「新しい技を身につける」や「死にかけてから回復して戦闘力アップ」という要素はほとんどなくなり、超サイヤ人の力をいかにパワーアップさせるかが修行のテーマになっていきます。

 

このことから、一つ仮説を立てました。理論上は、超サイヤ人の気はいくらでも増幅可能であり、あとは自分の身体が耐えられるかどうかなのではないか、と。

セル戦で見せた超サイヤ人第2~第4形態は身体を強化するか、慣らすかしてより大きな気を発する変身ですし、旧ブロリーのような強靭な肉体があればそれ以上のパワーアップができる、という説明ができます。

超サイヤ人3はあの世で肉体の制限がない状態で気を限界まで高めた結果生まれた形態と考えられますし、超サイヤ人4は大猿の肉体をコントロールできるようになったためより大きな気に耐えられるようになった形態と言えます。新ブロリーもほぼ同じ理屈です。

 

その「質」が変わるのが超サイヤ人ゴッドで、これは気を増幅させるというよりは、気の質を澄んだものに変える変身と言ってもいいかもしれません。従来の超サイヤ人は老界王神に言わせれば「身体の負担が大きい」「邪道」ですし、ビルス曰く神の気は外部に察知されるように漏れ出ることはないということから、「気」をより洗練されたものにし、無駄が減ったためにより大きな戦闘力に変換することが可能になったのが、超サイヤ人ゴッドということになります。

ただこの超サイヤ人ゴッドは、名前こそ超サイヤ人と付いていますが、髪形に変化がなく、厳密には超サイヤ人への変身ではない形態と考えられます。超サイヤ人ゴッドの気を維持したまま超サイヤ人に変身したのが、超サイヤ人ゴッド超サイヤ人、つまり超サイヤ人ブルーなのではないかと思います。神の気を得たことで、より高いレベルで気を増幅させるようになったということでしょう。ここから更に「超ベジータ」形態になるのがベジータが力の大会終盤で見せた新たな変身なのかもしれません。

 

フリーザも、ある意味ではサイヤ人に似た特性があると言え、身体を鍛えたら超サイヤ人ブルー級の戦闘力を得たということは、元々それだけ気を高める素養があったということになります。100%の力を使ったら身体が耐えられない、というのが元々の設定でしたが、それ以上に強靭な肉体を得ればサイヤ人以上のパワーアップが可能だった、ということです。おそらくフリーザの肉体の方が、地球人に近いサイヤ人の肉体よりも気に対する耐久性が高いのでしょう。

 

 

ブウ編では、一旦パワーアップに上限が見え、超サイヤ人3は負荷が強すぎる変身という扱いになり、それ以上のパワーアップはフュージョンポタラなどの融合が必要でした(形態自体は変身前と同じでも圧倒的に強くなるので、気の量ではなく純粋に人間としての戦闘力が上がっているということになります)。

唯一異なっていたのがアルティメット悟飯ですが、これは老界王神の力で気の質が(神の気に近いものに)変わったということなのかもしれません。だから、超サイヤ人に変身しなくても(=肉体を強化しなくても)それ以上の戦闘力を発揮できたということなのではないでしょうか。ただ悟飯の場合はそれが物理的に高められる気の限界(以上)だったということなので、それ以上気を高める伸びしろはなかったということになります。

 

この悟飯の事例から、「超サイヤ人」の状態になると、気の上限が無限になるのではないかという推論が立てられます。もちろん肉体が耐えられればという前提で、通常の超サイヤ人の場合は3が限界ですが、ゴッドになれば負荷が減るためより高い次元での超サイヤ人化が可能ということになります。

悟飯はアルティメット化をやめて超サイヤ人になれば気の上限は無限になりますが、超サイヤ人の気の方が純度が低いので、アルティメットと同等レベルまで高めることは(ゴッド化しない限り)できないということなのかなと思います。「復活のF」以降の悟飯は、アルティメットの気の練り方を忘れてしまっていて、それを思い出したのが「超」での力の大会前のピッコロとの修行だったということでしょうか。そしてアルティメット=非超サイヤ人化の状態での戦闘力上昇はそれが限界で、悟飯がこれ以上強くなるには、ゴッド化しかないのかもしれません。

 

超サイヤ人だから無限」という根拠は劇場版にはいくつかあって、例えば「激突!100億パワーの戦士たち」では悟空とベジータの気をいくら吸っても吸い尽くせず、逆にビッグゲテスターがオーバーヒートしてしまったという事例があります。これは気が出ていくため肉体への負荷がかからず、ずっと気を吸い出し続けることができたということであると言えます。もう一つが旧劇場版のブロリーで、気が無限に高まるような描写がありますが、これもブロリーの肉体の耐久力が異次元なので、気を高める上限がなかなかやって来ないということなのかなと思います。

 

ヒットやジレンのような「超」で登場したゴッド級の強敵たちは、設定が全くないのですが、おそらく元々の肉体がフュージョンポタラで融合したサイヤ人並の素養があり、フリーザのように鍛えれば神レベルまで強くなれる素材だったということなのかなと思います。元々「Z」以前ではサイヤ人フリーザ一族以外では、人造人間や魔人といった種族しか登場せず、他の宇宙人はろくに登場しませんでしたからね(劇場版入れてもボージャック一味くらいです)。

原作漫画でのドラゴンボールは、「元々強い敵」に対し修行して悟空たちが追い越す、というパターンでしたが、「超」の敵役は皆「力の大会」に出るような立場だけあって、自分で修行してより強くなった戦士たちだったのかなと思いますね。

 

それに対し、肉体の強化と気のコントロールが上手くいけばいくらでも強くなれるのが超サイヤ人というところでしょうか。そこに一石を投じる「身勝手の極意」が今後どう扱われていくかで、サイヤ人がどう強くなっていけるかの方向性が変わってきそうです。