どらごんぼーる考察

がんだまぁBlogからドラゴンボール記事を移植しました。以後ドラゴンボール考察はここで展開します。

セルは何故倒されねばならなかったか

 ドラゴンボール超ではフリーザの復活が話題ですが、まだフリーザよりセルの方が味方にしやすいんじゃないかという意見もちらほらありました。実際、セルは明確に悟空たちと敵対する理由が、実はそんなにありません。

 

 ピッコロ大魔王は世界を明確に征服しようとしており、そのために悟空の仲間たちを次々と殺しました。

 べジータフリーザドラゴンボールを奪いにきたという点で対立しました。また悟空たちを見逃すつもりも毛頭ありませんでしたね。

 人造人間たちはそもそも悟空を殺すのが目的だったので、敵対しないわけにはいきませんでした。ただ、セルは違います。特に悟空の抹殺を使命とはしていませんでした。

 

 そもそも、セルの目的は「完全体になること」でした。それ以上の目標を持っていなかったのは、実際に完全体になってから行ったことがセルゲームだったことからもわかります。ただ完全体となった自分の力を試したかっただけなのです。だから更なる修行を促し、悟空との戦いを楽しみ、悟飯を覚醒させようとしていました。

 セルと和解できなかったのは、悟飯を怒らせたことが一点です。そのためには手段を選ばなかった姿勢が、「もう許さないぞ」と悟飯に言わせてしまいました。その上、悟飯に痛めつけられ完全体ですらなくなったことにより、逆上して自爆を試みてしまいます。その自爆を乗り越えさらに強くなったセルは、もう十分強くなったと地球ごと破壊しようとした結果、悟飯に阻止され死亡しました。

 その意味で、セルを倒さなければならなくなったのは、「自爆以外に手段がないほど悟飯に痛めつけられたから」ということにもなります。追い詰められたのが悟空だったら、途中で見逃してもっと強くなってまた戦おうと言っていたような気がしますね。フリーザに対してでさえそうだったわけですし。

 

 フリーザがどんな状況になっても悟空たちを裏切りそうであるイメージがあるのに比べると、セルは追い詰められると自爆するという点が懸念されるものの、より強くなるためなら協力を惜しまなそうなイメージがあります。

 そもそもセルが完全体になったところで、世界が困る理由はありませんでした。完全体になったセルは放っておけば地球を破壊してしまったかもしれませんが、目的が強くなることなのでその前に悟空やべジータなど強い戦士と片っ端から戦おうとしたでしょう。

 

 セルはまた、「人々が恐怖におののく顔を見たい」ということも言っていました。非常に取ってつけたような理由で、どちらかというとトランクスたちに戦わせる動機を与えるために言ったような気もします。行動理念だけを見ると、セルはただ強くなりたい、という本能以外をインプットされていないように思えます。悟空たちサイヤ人との違いは、そのためであれば手段を選ばないという点と、戦うことを楽しむのが目的ではないということでしょうか。

 究極的に言えば、セルは戦いたいのではなくより優れた生命体へと進化したいという欲求があるのだと思います。ドクター・ゲロのコンピューターはセルに「完全体になること」しか目的を設定しなかったのでしょう。究極の生物を作る、というところまでで、その生物に何をさせたいのか、まで考えていなかったのかもしれません。

 だとすれば、セルは最も悟空のライバルになり得たはずの存在でした。それなのに、歴代の敵の中でもっとも悟空の関心を得られなかったという、悲劇的な存在であったとも言えます。以前考察したように、この時の悟空の最大の興味は「悟飯の真の力はどのくらいか」ということだったわけですからね。悟飯を覚醒させた時点で、セルは用済みだったのです。

 

 正直なところ、セルは物語の都合上仕方なく作られたラスボスであり、当初予定していたキャラクターではありませんでした。その上、斑点を書くのが面倒という、鳥山明氏もアニメスタッフも苦しめる存在でした。誰からも好かれなかった悲しい悪役、それがセルだったということになります。作者に愛着を持たれなかったから、主人公たる悟空にも関心を持たれなかったのかなとも思います。

 まぁ、あえて言うならば、セルは最初から強くなるように細胞を調整して作られた生命体で、修行ではなく吸収でパワーアップするという意味で、悟空にとって魅力的なライバルではなかったんでしょうね。

 

 ただ、もしセルを追い詰めたのが悟空だったり、あるいは悟飯が調子に乗って痛めつけすぎないでいたら、セルはどのような選択肢を取っていたでしょうか。やはり自爆して地球ごと消し飛ばしたり、他のキャラクターを殺してしまったりしていたでしょうか。

 色々考えてみましたが、「思いつきません」。おそらくですが、当時の鳥山明氏には、これ以上悟空を強くするアイデアが残っていなかったんだと思います。最近のインタビューでも、超サイヤ人以上に強くする方法をなかなか思いつけなかったと言っています。「神の領域」という新しい世界が出てくるまで、どうやっても超サイヤ人の延長のパワーアップしか思いつかなかったということです。2や3も、より強い超サイヤ人でしかありません。

 だから、セルよりも強い戦士を生み出す方法も、ずっと伏線として残していた「実は悟飯が秘めている力は悟空よりも上」というアイデアしかなかったのかなと思います。もう悟空がセルを超えるアイデアがなかったので、セルを生き残らせたとしても、そのセルと切磋琢磨してより強くなる悟空というのをイメージできなかったのかなと。実際、セルと和解して生き残ったとしてもその後ブウのかませ犬になってダーブラの代わりにやられるくらいの使い道しか思いつきませんし。

 そういう意味では、べジータの物語に決着をつけた魔人ブウ編のほうがまだ話としては成立していたのかなと思います。セル編は悟飯が悟空を超える話ではありましたが、そもそも悟飯というキャラクターの動かし方に作者がしっくり来ていなかったので、ブウ編のべジータのように生き生きとしたドラマにはなりませんでした。

 おそらくセルは、紆余曲折を経た人造人間編の犠牲者なのだと思います。「フリーザの次の敵」がどのような存在であるかをしっかり作ることが出来なかった結果、無理矢理生み出された倒されるためだけの存在だったのかなと。だからゴクウブラックはそのリベンジだったはずなのですが、その終わり方もハチャメチャだったので、結局のところ本当の意味での「フリーザの次」は破壊神ビルスしかなかったのかなと思います。

 

 なんとなくですが、人造人間編を悟飯の物語にするのであれば、トランクスの未来ではたった一人生き残った戦士として戦い抜いたことを鍵にすべきだったのではないかな、と思いました。未来の悟飯が得られなかった力を、トランクスが橋渡しとなって現在の悟飯が得て、それによって悟空も倒せなかった敵を倒す、という展開なんかもありだったんじゃないかと思いますね。